愛ってなに?

愛ってなんだろう。愛って美しい。

誰かが誰かを想う事。誰かに優しくしたいと想う事。

誰かに触れたいって想う事。誰かの為になりたいって想う事。

これは全部、愛だ。

私たちは皆、そんなお父さんとお母さんの愛から産まれました。

素敵な愛の形なはずなのに、

なぜかセックスの話はタブーとされる。

美しいもののはずなのに、なんで汚らわしいとか、

喋ったらいけないとか、恥ずかしいとか思ってしまうんだろう。

それはきっと小さい頃に、社会から刷り込まれた

「性に対する羞恥心」とか、「罪悪感」から来てるのだと思う。

愛は人間の本質

最近その愛に対してもっと、

自分をオープンにしたいと思うようになりました。

男でも女でも動物でも、

愛で誰かと繋がりたいと思うなら、

人が誕生する愛の形(セックス)に関する事は、

避けては通れない。と思った。

だってそこが私たちの原点で、本質な気がするから。

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愛の欠乏と私のアトピー

私は小さい頃、お母さんに愛されたいと思っていました。

お母さんは、仕事が忙しかった。

私は、お母さんが、あまり私を見てくれてないと思っていました。

自分の事を見てもらいたくて、私は「見て欲しい」という心のサインを体で出した。

それがアトピー性皮ふ炎でした。

母と異性の関係性

今もきっと、その母に感じていた想いを、

異性にかぶせて考えてしまう所がある、というのが自分でもわかる。

触れられたい、愛されたいと思うのに、触れられるのがこわい。

愛するのがこわい。

触れられたら、愛されたら、なにかがぐしゃぐしゃに崩れ去って、

全部無かった事になってしまうような気がして。

愛する人が、自分のもとから去ってしまうような気がして。

触れたい、触れられたいと思っているのに、

それがこわかった。

愛されたら、終わってしまう。触れられたら、嫌われるかも。

自分の事、受け入れてもらえないかも。

これは全部、私がお母さんとの想いから

受け継いできた感情です。

お母さんは、異性じゃない。異性は、お母さんじゃない。

ここが、今の私の課題のような気がします。

愛で始まり、愛で終わる

愛は人間の始まりであり、最後は愛に囲まれて死ぬのが

人生において「幸せ」と言える事なんじゃないだろうか。

特に女性は、誰かから愛を感じる事で、満たされる生き物なんだと思う。

愛が無ければ、人は誰かに優しくしたりしない。

愛が無ければ、子供をかわいがったり、犬をなでたりしない。

愛が無ければ、人は求め合ったり、支え合ったりしない。

愛は全てを動かす。

そんな愛の形を、躊躇なく受け入れ、抱きしめ、

与えつつ、与えられる人間関係を作りたいと思う。

今はまだ、そんな旅の途中にいます。